2009年10月

+Ave Maria!

私たちの小教区では、昨日、バザーがありました。

まあまあのお天気で、大勢の方々が教会に来てくれました。雨でなくて良かった~。
秋晴れと言う言葉もそろそろ死語に近いのではないかと危惧するくらい、最近は天気や気候が不安定なので、雨でなくて本当に良かったです。

さてさて、バザー当日はもちろん教会学校の授業はありません。こんな時に授業をしたら子供だけではなくリーダーにも叱られます(笑)。例え、どれ程大切な事とは言えども。

しかし、授業はありませんが、バザーでも教会学校の子供たちは売り子としての役割がありました。毎年のことですが、そこで販売しているものが『綿菓子とアイスクリーム』なのです。

幸い綿菓子を作る機械(お祭りの屋台などで作る本格的な機械)が教会にあります。って、そんな教会も珍しい(笑)。

で、その機械の中心部分にザラメをスプーン1杯程入れて、ブーンという機械の回転音とともに綿菓子ができあがり、それを割り箸でふくらませて作るのです。楽しそうでしょ。
子供たちも毎年やっているので、小学生でもお手の物です。

アイスクリームの方はバニラと抹茶で、そのアイスを先が丸くなっている器具ですくい、コーンに載せます。こちらは綿菓子より少し難しいので、上級生が主になってやってくれます。

教会の行事ですから、事前にバザーの意味を子供たちに伝えます。バザーで得たお金は教会の設備に使ったり、お金がなくて困っている人々に寄付したりするのでがんばって手伝ってね~などと・・・。しかし、一般の人たちを相手に物を販売するという体験はリーダーでも楽しいものなので、きっと子供にとってはもっと大きな楽しみで、それゆえに、当日は皆、夢中になって声をからして、バザーの意味など誰も頭にないようです(笑)。

そんなこんなで、子供たちも少しは教会に貢献してくれているでは、と思っています。
本当はリーダーたちも売り場に立って売りたいのですが、ここは子供たちへの思いやりからあまり手出しをしないようにしているのです。

こんなイエスさまのように犠牲を厭わぬリーダーたちがいるので、子供たちも喜んでバザーに参加してくれるのかも知れません。子供たちが大きくなったら、そんなリーダーとして教会学校に戻ってきてくれることも期待しつつ・・・・・。

神に感謝!

+Ave Maria!

教会学校の元リーダー神学生が新しく司祭に叙階されました。

初聖体の指導や教会学校のキャンプにも参加してくれたインドネシアの神父様です。
私たちの小教区で初ミサがあり、その後、パーティがありました。

この神父様は教会学校に深く関係していたため、パーティでは教会学校の子供たちで何か出し物を!と促され、歌を歌うことにしました。
(芸がないですね・笑)

でも単純に歌を一曲歌うだけでは何か物足りないなぁ・・・と考えて、3曲をメロディで歌うことにしました。以下がその3曲です。

♪ありがとう~素晴らしいイエス様♪忘れないで~胸の中の微笑みを♪(そして前にご紹介しました)ダラムイエス~ベウサウダラ♪

っていう感じです。どうしてこの3曲かと言えば、実際に歌ってみると分かるんですが、どの曲もGのコードが中心で、リズムが同じなんです。従って、メロディーと言っても、3曲を流れるように歌うことができ違和感がないんですね・・・皆さん、一度、試しに歌ってみてください。

それで、子供たちも良く知っている歌とは言え、教室で練習してから会場へ向かうことにしたのですが、今日はパーティだ!ということを子供たちは知っているため、教室は全く緊張感のないある種の無法地帯となりました。

歌の練習にしても、大きな声で歌ってね!と呼びかければ、ふざけてオペラ口調で歌う男子がいるなど、やれやれといった練習が続きました。一応、叙階とは、結婚式くらい、あるいはそれ以上におめでたいもので、だから今日は大切なお祝いであることを子供に伝え、歌に心をこめてお祝いするように話しましたが、パーティではどうなることやら・・・・・・知ーらないっと。

さてさて、パーティ会場に着くと、もうすでに乾杯が済んでいて、子供たちの出番も間もなくでした。しかし、よく周りを見渡すと、新司祭のご家族がインドネシアから来日されているではないですか!しまったあ!もっとインドネシアの歌を練習させるべきだった!

そう反省する間もなく、子供たちの新司祭への歌が始まりました。子供たちは心をこめて歌うことができるかな?~特にインドネシアの歌???歌えるかな?~などとと心配しつつ、日本語の歌に続いて、ついに♪ダマライエス~が始まりました。するとどうでしょう?!インドネシアのご家族は歌の出だしからそれと気がつき、手拍子で答えてくれたではありませんか!

インドネシアのご家族もまさか日本の子供がインドネシアの歌を歌うとは思ってもみなかったことでしょう。きっと驚いたのではないでしょうか。私たちリーダーもふざけた練習とは正反対に真面目に歌う子供を見て驚きました。何だ!できるじゃないか(笑)。

司祭叙階という大きな喜びの中での子供たちのお祝いでした。

神に感謝!

+Ave Maria!

教会学校の子供とリーダーの間には、人によっては親子以上の歳の差があったり、場合によっては何十歳もの違いがあったりしますが(笑)、そんな年齢の違いがあっても、このリーダーにはこの子供、といったような何故か相性の善し悪しがあります。

皆さんも、ジェネレーションギャップからストレスを感じるという経験があると思いますが、それも大人と子供なら尚更だという気がします。

でも、そんな歳の差のあるリーダーとの間でも相性が抜群に良いという子供が確かにいるのです。

例えば、公教要理を説明している時、こちらの意図をすぐに理解してくれる子供。おもしろいことや悲しいこと、つらいことなどが共通していて、意気の合う子供。おやじギャグにもたいへん良く反応して笑ってくれる子・・・・・・ん?これは子供に気を遣わせてるだけか(笑)。

まあ、こんな感じでリーダーと子供の間でもお互いにかなりの部分で理解しあえる相手があるのです。
リーダーから見れば、こういった子供は、理解し合えない子供や言うことを聞かない子供より、正直なところ、断然カワイイ存在なのです。だから、どうしても他の子供よりその子と仲良くなりがちで、かわいがりたくなるものです。

相性以前に、リーダーと仲良くなりたい、と思っている子供もたくさんいて、リーダーにいろいろと話しかけてくれる子供も又カワイイ存在です。

しかし、リーダーという立場上、ある子を特別扱いしてかわいがることはご法度です。むしろ我慢して、相性の良い子との距離を少し遠くにして、相性の良くない子、おとなしくて何も話さない(話したくても話せない)子などとの距離を努力して近づけ、すべての子供との距離を同じに保つことが大切だと思います。

これはなかなか難しいのですが、リーダーの心構えとしては重要なことです。誰でも子供が近寄ってくればカワイイなあと思うことが自然ですから。

でも、ある子が、あるリーダーを見ていて、自分より他の子供を可愛がっていると感じるようなことがあったら、それはとてもさみしいとこです。

特定な子供を特別に思わないで、皆同じ距離で接すること。

このように、リーダーが自分の感情を犠牲にして他の子供のことを思いやる気持ちは、すべての子供に伝わり、その犠牲は信頼を勝ち得るはずです。リーダーの皆さま、お互いがんばりましょう。

私はある意味では、神様もすべての人々、どんな人々への距離をも、きっと同じに保っていて下さるように思っています。

神に感謝!

+Ave Maria!

子供は感性が豊かで、好奇心も強く、周りの雰囲気を吸収する力も大きいので、そんな時期に巡礼をすることは、信仰を生きていく上でとても大切なことだと思います。

それで、私たちの教会学校では、毎年一度は巡礼に行くことにしています。今日は近くの教会へ巡礼に行きました。この教会には、コルベ神父様のおひげが安置されているからです。

コルベ神父様は、皆様ご存じの通り、アウシュビッツで妻子ある方の身代わりを自ら申し出て、飢餓室で亡くなられた愛の殉教者です。その飢餓室には、脱走者の罰として無造作に選ばれた10人が入れられ、一度入ると最後、食べ物も飲み物も与えられないというおぞましい部屋です。もう二度と生きて出てくることはできないことを皆知っているので、そこでは、呪いや叫び、絶望の声が絶えず響いていたそうです。どうしてそんなことができるのでしょう。考えるだけで恐ろしいですね。

しかし、そんな中でも、不思議とコルベ神父様の飢餓室からは、いつも綺麗な歌声と祈りが聞こえていたそうです。そんな絶望的な状況下でも神様はそばにおられる!ということを身をもって教えられたのでしょうか。その部屋の皆が亡くなるまで生きたコルベ神父様の最後の御姿は、とても高潔なものだったそうです。

そんな話を子供たちに話した後、コルベ神父様の聖遺物であるおひげを子供たちに見せ、コルベ神父様のように信仰を生きることができるよう、取次を祈りました。
いつも、教会学校の授業では退屈そうな子供たちも、今日の巡礼では真剣にコルベ神父様のおひげに見入っていました。
このように、時には教会を出て巡礼に行くことも、子供にとっては新鮮な出来事かもしれません。

ただし、外に行くからと言って、いつものように子供たちの飲み物とおやつを忘れないことは重要です(笑)。

神に感謝!

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